【婚活小説】 涙のお見合いパーティー

第5話 白紙の用紙

席替えが行われ、2回目のフリータイムが始まった。
桃代の前には柔道部みたいなガッチリ体型の人が座っていた。
にこやかに自分の仕事のこととか趣味の旅行のことなどを
一生懸命話してくる。

しかし桃代は完全に上の空だった。
吉川さんと典子ちゃんのことが気になって仕方がない。
柔道部員の話はまったく頭に入ってこず、
吉川さんと典子ちゃんが話している様子ばかり見ていた。

典子ちゃんはメガネで地味で、色気はないのだが、
清楚な感じがした。
それが男性にはいいのかもしれない。
吉川さんと笑顔で会話しているときの生き生きした表情は、
女性から見ても魅力的に映った。

典子ちゃんは内面もやさしくて真面目で、
すごくいい娘だ。
自分のようなひねくれた性格の漫画家とは違う。
外見の面でも自分は典子ちゃんみたいな清楚感はないし、
体重も典子ちゃんより5kgは重いだろう。
年齢も自分の方が3歳上だ。

そうなると自分など勝てる要素が全然ないではないか。
桃代の中で不安が広がっていった。

そうした不安な気持ちが影響しているのだろうか、
吉川さんは桃代と話していたときよりも、
いま典子ちゃんと話しているときのほうが楽しそうに見える。
顔中に笑顔が溢れいてる。
自分のときはここまで楽しそうではなかったはず。

結局柔道部の男性とはほとんど話さないまま
2回目のフリータイムが終了した。
柔道部の男性は残念そうな顔で去っていた。
桃代がほとんど目も合わせようとしないので、
脈が無いことをはっきりと悟ったのだろう。

投票用紙が配られ、
最終的な投票を行うことになった。
桃代は当然吉川さんの番号を記入した。
典子ちゃんもきっと吉川さんだろう。
はたして吉川さんは誰の番号を記入しているのだろうか。

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投票用紙が回収され、
集計が行われる。
そのあいだは自由に行動していいと司会のスタッフが言っていた。
トイレに行くなり、誰かと会話するなり、
5分間ほどは好きにしていいと。

桃代は別にトイレに行きたいわけでもなかったので、
そのまま座って待っていた。
受験の発表を待つ時のような息苦しさを感じる。
このままめまいで倒れてしまいそうだった。

典子ちゃんも同じ気持ちなのかも知れないと思い、
そちらに目をやってみた。
驚いたことに典子ちゃんは立ち上がって吉川さんに方へ向かっていた。
彼女がそれほど積極的な行動に出るとは思っていなかった。
すごく意外だったが、
きっと典子ちゃんは吉川さんのことが本当に好きなのだろう。

遠目に観察していると、
典子ちゃんは別の女性に先を越されていた。
その女性は吉川さんの向かいの席に座り、何か話しかけていた。
婚活をしている人はみんな必死のようだ。
結婚という大きな目標があるからだろう。

典子ちゃんは吉川さんの席の近くまでは行ったのだが、
先客に怯んだようで、
その場でモジモジしていた。
どういうふうにして話に割って入っていったらいいか
わからないらしい。

遠慮なんかしていたらダメだ。
先着順なんて決まりはない。
なんでもいいから2人の話に割り込んでいくのだ。

気づいたら桃代は典子ちゃんを応援していた。
頑張れ典子ちゃん。
話し掛けろ。ここで引いてるようじゃダメだ。

まるで桃代の想いが通じたように、
典子ちゃんは吉川さんに声をかけた。
かなり緊張してるようで顔が引きつっているが、
吉川さんは笑顔で典子ちゃんを迎え入れた。

先客の女性は一瞬不満を顔に現したが、それをすぐに隠し、
作り笑顔を典子ちゃんに向けた。

話している3人のところに桃代も向かおうと思った。
まだ結果発表まで時間があるはずだ。
このまま帰りたくなかった。
敗れるにしてもやるだけのことはやっておきたかった。

3人のところへ行くと、
誰に投票したかという話題で盛り上がっていた。
吉川さんはどうやら白紙で提出したみたいだ。
迷って決めきれなかったらしい。

典子ちゃんが桃代に気づいて、
自分の座っている椅子を半分あけてくれた。
他に座る所がないので桃代はそこに座った。
お尻が半分はみ出て転げ落ちそうだ。
でもふたりでひとつの椅子に座るのは何だか楽しかった。
まるで高校時代に戻ったようだ。

「どうして白紙で提出したんですか?いい人がいなかったんですか?」
先客の女性が尋ねた。化粧の濃い派手な感じの人だった。
「いいなと思った人はいました。でも迷ってしまって」
「もったいない。このまま別れたら二度と会えなくなりますよ」
「そうですね」吉川さんはうなずいた「確かにそうだ」
そう言って何かを決心したような表情を見せた。

「桃代さん、取材はちゃんと出来ましたか?」
背後で声がした。
振り向くとあの40歳キモオタが立っていた。
4人の視線が彼に集中した。
「みなさん知ってます?桃代さんって漫画家なんですよ」
キモオタは知識をひけらかすように話した。
桃代は彼を静止しようとしたが、
キモオタはかまわず続けた。
「桃代さんは今度恋愛漫画を執筆することになり、それで今日は取材にやって来たんですよ。恋愛の現場を生で体験しようと」
「桃代さんって漫画家なの?」
典子ちゃんが怪訝そうに尋ねた。
普通のOLということにしておいたのだから
不思議に思うのも当然だ。

桃代は否定しようとしたが、
吉川さんに遮られた。
「本当なんですか?」
吉川さんは表情が曇っていた。
違いますと否定しないといけないのに、
上手く言葉が出てこない。

「取材で参加したんですか?」
吉川さんが聞いた。
桃代はどう返事していいかわからなかった。
代わりにキモオタが話し始めた。
「桃代さんは恋愛漫画とか普段は描かない人だから、ボクたちの様子を観察しに来たんです。みなさんはしだれ桃代っていう漫画家を知りませんか?核戦争で文明が滅んだ後の世界で人々が殺しあうあの作品とか知りませんか?」

吉川さんは桃代から目をそらし、
どこか別の方角を見つけめた。
少し怒っているような表情をしていた。
「この人の話は本当?」先客の女性が尋ねた。
キモオタが代わりに返事する「もちろん本当です。そうですよね桃代さん」
「あなた漫画家なの?」
「桃代さん取材をしに来たの?」
典子ちゃんも尋ねてくる。
返事しない桃代の代わりにキモオタが答える。
「はい漫画家です。今日は取材をしに来ました」

吉川さんが悲しそうな表情でそのやり取りを聞いていた。
裏切られたような気持ちになっているかもしれない。
空気がどんどん淀んでいくのがわかった。
場違いにはしゃいでいるのはキモオタだけだ。
「本当に取材だったの?」典子ちゃんが聞いた。
「そうだよ」桃代はうなずいた。
吉川さんと目が合った。
「恋愛漫画を描かないといけないけど、上手く描けないから取材に来た」

吉川さんがどんどん遠ざかるのがわかった。
どこか遠くへ離れていく。
手の届かないどこかへ。

桃代は本当のことを白状したつもりだったけど、
実はそうではなく、自分が嘘をついたのだと気づいた。
でもどうした嘘をついたのかは、
わからなかった。

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担当編集者の島倉は
渡された原稿を一枚一枚丁寧に読み進めた。
桃代は出されたコーヒーをすすりながら島倉が読み終わるのを待っていた。

編集部の事務所は狭く、騒がしかった。
人がせわしなく行き交い、話し声があちこちで響いていた。
窓からは片側2車線の道路が見おろせた。
車の走る音がビル内にまで聞こえてくる。

「桃代さんって何でも描けるんですね。また次も恋愛ものをお願いしようかな」
原稿を読み終えた島倉は顔を上げ、
満足そうな表情を浮かべた。
「よく描けてる?」
「すごくいいですよ、これ。でも前の打ち合わせでは確かハッピーエンドになる話だったハズでは?結局フラれる話になっていてちょっとビックリしました」
「どうしてもそういう話しか作れなかったから」
「次はハッピーエンドでいきましょうよ」
「次も載せてくれるの?」

作品は気に入ってもらえたようで、
新たに別の恋愛ものまで頼まれてしまった。
しばらくは仕事に困らなくて済む。
忙しくなりそうだ。

無事に原稿を受け取ってもらえたので、
帰り道では足取りが軽かった。
まだ時間もあるので、どこか寄り道してもいいだろう。
このまま部屋には帰りたくない。


<完>